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Nishi Honganji Temple Nishi Honganji Temple

浄土真宗本願寺派 西本願寺



本願寺(ほんがんじ)は、浄土真宗本願寺派の本山で、その所在(京都市下京区堀川通花屋町下ル)する位置から、西本願寺ともいわれている。

浄土真宗は、鎌倉時代の中頃に親鸞聖人(しんらんしょうにん)によって開かれたが、その後、室町時代に出られた蓮如上人(れんにょしょうにん)によって民衆の間に広く深く浸透して発展し、 現在では日本における仏教諸宗の中でも代表的な教団の一つである。

親鸞聖人の没後、娘の覚信尼が現在の知恩院付近に廟を建てて御影堂としたのが起こりとされ、現在の場所に移ったのは、天正19年(1591年)になる。 境内(史跡)に一歩入っただけで、重要文化財として有名な御影堂(大師堂)、阿弥陀堂(本堂)の威容に圧倒されるが、 鳩が遊ぶ広々とした境内は市民の憩いの場でもある。

能舞台として日本最古の北能舞台、唐門、書院、黒書院、飛雲閣(いずれも国宝)の建造物は、華麗な桃山文化の粋を伝えている。 大書院庭園は特別名勝・史跡、滴翠園は名勝に指定。

** 明治維新の動乱の中で、明治元年(1868)に薩長新政権が打ち出した思想政策によって惹き起こされた「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」は、直接的には仏教施設への無差別な、 また無分別な攻撃、破壊活動であった。これによって、日本全国で奈良朝以来の夥(おびただ)しい数の貴重な仏像、仏具、寺院が破壊され、僧侶は激しい弾圧を受け、 還俗(げんぞく)を強制されたりした。

ひと言でいえば、薩摩、長州という新しい権力者による千年以上の永きに亘って創り上げられた固有の伝統文化の破壊活動である。 現代のイスラム原理主義勢力タリバーンやイスラム国を思えば分かり易いであろう。文化財の破壊という点のみでいえば、イスラム原理主義者による文化財の破壊より規模は遥かに大きかった。

明治維新政府が進めた廃仏毀釈や神道国教化政策などの宗教政策に対し、日本仏教界を代表して、正面から敢然と立ち向かったのが浄土真宗本願寺派の島地黙雷(しまじもくらい)などであった。 この島地黙雷に大洲鉄然(おおずてつねん)、赤松連城(あかまつれんじょう)、香川葆晃(かがわほうこう)を加えた長州出身真宗僧侶四人は、 「仏教界を守った維新四僧」と称されることもあり、彼らの活躍・功績は偉大である。


西本願寺へのアクセス



京都カトリックハウスから、西本願寺入口(御影堂門)まで徒歩約5分です。受付で無料の観光地図をもらって散策にお出かけください。

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